なぜ人は眠るのか?
ただ身体を休めるため?
記憶を整理するため?
あるいは──
目覚めるために、いったん“世界から抜ける”必要があるのかもしれません。
科学は、眠りを「脳と身体の修復」「情報の整理」と定義します。 けれど、文化人類学の視点から見えるのは、まったく異なる風景です。
眠りは、何のために眠るかではなく、 どう眠るかが文化に依存している── それは、生き方そのものが表れる“夜のかたち”なのです。
世界の眠りのかたち
私たちが当たり前にしている「眠り方」は、
実は生まれ育った文化の中で育まれた、深い記憶の習慣です。
この展示では、世界各地の“眠り”のスタイルを──
風、時間、香り、祈り──そうした文化的な「気配」ごとにたどっていきます。
アフリカ:風の中で眠る
遊牧民たちは風の音を聴きながら、砂と布のあいだで眠ります。 月の位置、星の流れ、焚き火の残り香──夜は世界とつながる時間です。 ベッドではなく、大地がそのまま眠る場所。 この地の眠りは、自然と呼吸を合わせる営みです。
インド:地面と一体になる眠り
聖者たちはベッドではなく、石や土の上で静かに横たわります。 瞑想と睡眠の境界はあいまいで、呼吸は宇宙とつながっています。 眠るとは、個を超えた沈黙の中に入ること。 この地では、眠りは魂の調律と考えられています。
北欧:冬の静けさをくるむ眠り
厚い毛布と木の香りに包まれて、ろうそくの灯りが心をやわらげます。 長い夜は、家族とともに過ごすあたたかな時間です。 家という巣で羽を休めるように眠る。 この地では、眠りは安心と家庭の象徴です。
日本:床を“つくる”という文化
畳の上に布団を敷き、枕を整え、香を焚く。 眠りの前に静かに空間と身体を整えていきます。 所作のひとつひとつが祈りのようです。 この地では、眠りは心を清める小さな儀式です。
中東:語りとともに眠る
絨毯のうえで横たわり、祖父母の語る昔話に耳を澄ませます。 香炉の煙と祈りの声が、夜の空気を満たしていきます。 音と物語が夢へとつながっていくように。 この地では、眠りは声と香りの橋渡しです。
南米アンデス:布に包まれる記憶の眠り
羊毛の手織り布にくるまれ、石の床に静かに横たわります。 布には祖先の祈りが編み込まれています。 身体ごと、土地と記憶に守られているようです。 この地では、眠りは祖先と寄り添う時間です。
東欧・ロシア:歌と子守唄に導かれる眠り
母の声がくり返す、静かな子守唄の旋律。 音のあたたかさが胸にしみこみ、身体をやわらかくほどいていきます。 夜は言葉のかわりに歌が心を守ります。 この地では、眠りは声のぬくもりに身をゆだねることです。
ポリネシア・ハワイ:波とともに眠る
波の音にあわせて、呼吸が自然とゆるやかになります。 星が降り注ぎ、夜風が布を揺らします。 身体が世界といっしょに眠っていく感覚。 この地では、眠りは自然に溶けていく瞬間です。
「眠り方を知ることは、世界を深く知ること」
─ 無名の旅人のノートより
では、あなたはどう眠るか?
眠りは、ただの生理現象ではなく、その人の信念・習慣・文化的記憶がすべて映し出される「静かな鏡」です。
この展示室は、「なぜ人は眠るのか」という問いに、 ひとつの答えを出すためではなく、 “あなた自身の眠りのかたち”を見つめ直すために用意されています。