ただのトランプの束

『不思議の国のアリス』を、夢の側から読んでいきます。ユング心理学と、神話と、カバラを少し。

ひとこと言っただけで、世界が崩れた、という話です。

法廷では、王妃が言いました。まず判決を、評決はそのあとだ、と。

ばかばかしい、とアリスが言い、黙れ、と王妃が言い、いやです、とアリスが答えたところまで、前の話で書きました。

そして王妃が叫びます。首をはねよ。

誰も動きませんでした。

舞い上がるトランプとアリス(ジョン・テニエル)
John Tenniel, 1865

ALICE

「あなたたちなんて、こわくもなんともないわ」とアリスは言いました。このころには、すっかりもとの大きさに戻っていたのです。

「あなたたちなんて、ただのトランプの束じゃないの」

その言葉とともに、一組の札がぜんぶ宙に舞い上がって、彼女めがけて降ってきました。

アリスは、半分は怖くて、半分は腹が立って、小さな悲鳴をあげ、両手で払いのけようとして──


彼らは、はじめからトランプでした。

薔薇を塗っていた三人の庭師は、スペードの札でした。行列に並んでいた廷臣たちはダイヤ、王家の子どもたちはハート。法廷にいたのも、一組の札です。

隠されていたわけではありません。ずっと見えていました。

アリスがしたのは、暴くことでも、壊すことでもなく、見えていたものを、そのまま口に出したことだけです。

それまで彼女は、首をはねよと言われて怖がり、規則がないことに腹を立て、証言がでたらめなことに困っていました。札を、人として扱っていたのです。

扱うのをやめた瞬間に、札は札に戻りました。


人は、目の前のものに、自分で力を貸してしまうことがあります。

あの人には逆らえない。あそこには行けない。それを言ったら終わりだ。──そう思っているあいだ、それは本当に、逆らえないものとしてそこにあります。

思い込みというのは、たいてい、そういう形をしています。

心理学では、自分の中にあるものを外側に見てしまうことを、投影と呼びます。相手の中に、自分で置いたものを見ている。だから、こちらが引き取ると、相手は元の大きさに戻ります。

何かが取り除かれたわけではありません。貸していた力を、返してもらっただけです。

トランプの札には、何もできません。紙です。

それでも、王と呼ばれ、女王と呼ばれ、首をはねよと叫んでいるあいだは、庭じゅうの者が地面にひれ伏していました。


もうひとつ、書いておきたいことがあります。

この言葉が出たとき、アリスは、もとの大きさに戻っていました。

この一日、彼女はずっと寸法に振りまわされてきました。小さすぎて鍵に届かず、大きすぎて扉を通れず、家より大きくなって腕を窓から出し、首だけ伸びて蛇と呼ばれ、三インチはみじめだと言って芋虫を怒らせました。

裁判のあいだも、彼女は大きくなりつづけていました。

そして、この最後の場面では、大きくも小さくもありません。ちょうど、彼女の背丈です。

芋虫の言っていた、正しい大きさ。

そこに立ったときに、はじめてこの言葉が出ました。

大きくなって見おろしたのでもなく、小さくなって逃げたのでもない。自分の大きさで立って、見えているものを、見えているとおりに言った。


札は、宙に舞い上がって、降ってきます。

幻を見抜いたからといって、静かに消えてはくれません。ひらひらと、いっせいに落ちかかってくる。

そしてアリスは、半分は怖くて、半分は腹が立って、悲鳴をあげます。

怖い、というのが正直なところです。ただの紙だと分かっていても、顔に降ってくれば怖い。

腹が立つ、というのも本当のところです。こんなものに、一日じゅう振りまわされていたのですから。

You’re nothing but a pack of cards! あなたたちなんて、ただのトランプの束じゃないの。

払いのけようとして手を上げたところで、この世界は終わります。

外側
力を貸していたのは、こちら側
内側
投影を引き取る

ずっと札だった。言わなかっただけ

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