ひとこと言っただけで、世界が崩れた、という話です。
法廷では、王妃が言いました。まず判決を、評決はそのあとだ、と。
ばかばかしい、とアリスが言い、黙れ、と王妃が言い、いやです、とアリスが答えたところまで、前の話で書きました。
そして王妃が叫びます。首をはねよ。
誰も動きませんでした。
ALICE
「あなたたちなんて、こわくもなんともないわ」とアリスは言いました。このころには、すっかりもとの大きさに戻っていたのです。
「あなたたちなんて、ただのトランプの束じゃないの」
その言葉とともに、一組の札がぜんぶ宙に舞い上がって、彼女めがけて降ってきました。
アリスは、半分は怖くて、半分は腹が立って、小さな悲鳴をあげ、両手で払いのけようとして──
彼らは、はじめからトランプでした。
薔薇を塗っていた三人の庭師は、スペードの札でした。行列に並んでいた廷臣たちはダイヤ、王家の子どもたちはハート。法廷にいたのも、一組の札です。
隠されていたわけではありません。ずっと見えていました。
アリスがしたのは、暴くことでも、壊すことでもなく、見えていたものを、そのまま口に出したことだけです。
それまで彼女は、首をはねよと言われて怖がり、規則がないことに腹を立て、証言がでたらめなことに困っていました。札を、人として扱っていたのです。
扱うのをやめた瞬間に、札は札に戻りました。
人は、目の前のものに、自分で力を貸してしまうことがあります。
あの人には逆らえない。あそこには行けない。それを言ったら終わりだ。──そう思っているあいだ、それは本当に、逆らえないものとしてそこにあります。
思い込みというのは、たいてい、そういう形をしています。
心理学では、自分の中にあるものを外側に見てしまうことを、投影と呼びます。相手の中に、自分で置いたものを見ている。だから、こちらが引き取ると、相手は元の大きさに戻ります。
何かが取り除かれたわけではありません。貸していた力を、返してもらっただけです。
トランプの札には、何もできません。紙です。
それでも、王と呼ばれ、女王と呼ばれ、首をはねよと叫んでいるあいだは、庭じゅうの者が地面にひれ伏していました。
もうひとつ、書いておきたいことがあります。
この言葉が出たとき、アリスは、もとの大きさに戻っていました。
この一日、彼女はずっと寸法に振りまわされてきました。小さすぎて鍵に届かず、大きすぎて扉を通れず、家より大きくなって腕を窓から出し、首だけ伸びて蛇と呼ばれ、三インチはみじめだと言って芋虫を怒らせました。
裁判のあいだも、彼女は大きくなりつづけていました。
そして、この最後の場面では、大きくも小さくもありません。ちょうど、彼女の背丈です。
芋虫の言っていた、正しい大きさ。
そこに立ったときに、はじめてこの言葉が出ました。
大きくなって見おろしたのでもなく、小さくなって逃げたのでもない。自分の大きさで立って、見えているものを、見えているとおりに言った。
札は、宙に舞い上がって、降ってきます。
幻を見抜いたからといって、静かに消えてはくれません。ひらひらと、いっせいに落ちかかってくる。
そしてアリスは、半分は怖くて、半分は腹が立って、悲鳴をあげます。
怖い、というのが正直なところです。ただの紙だと分かっていても、顔に降ってくれば怖い。
腹が立つ、というのも本当のところです。こんなものに、一日じゅう振りまわされていたのですから。
払いのけようとして手を上げたところで、この世界は終わります。
- 外側
- 力を貸していたのは、こちら側
- 内側
- 投影を引き取る
ずっと札だった。言わなかっただけ