結論が先に決まっている裁判の話です。
グリフォンに手を引かれて駆けつけると、法廷はもう開かれていました。ハートの王と王妃が玉座につき、まわりにはあらゆる小鳥や獣、それにトランプの一組が集まっています。
王の前の卓には、大皿にのったタルト。
そして鎖につながれて立っているのが、被告のハートのジャックです。
白い兎がラッパを吹き、巻物を広げて、罪状を読み上げます。
ハートの女王がタルトを焼いた。ハートのジャックがそれを盗んで、持ち去った。
MEMO
この罪状は、当時のイギリスでよく知られたわらべ唄そのままです。読み上げられた時点で、聞いている全員が結末を知っています。
王が言います。では、評決を。
白い兎があわてて止めます。まだです、まだです。そこへ行く前に、やることがたくさんあります。
陪審席には、十二匹の生きものが並んでいます。
裁判がはじまる前から、全員が石板に何かを書きつけていました。何を書いているのですか、とアリスがグリフォンに尋ねると、こう返ってきます。
自分の名前を書いているのさ。裁判が終わるまでに、忘れるといけないから。
ばか、とアリスは思わず声に出します。
最初の証人は、帽子屋でした。
片手に茶碗、片手にバターつきパンを持ったまま出てきます。呼ばれたときに、まだお茶をすませていなかったのです。
証言をしろ、と王が言います。帽子屋は、震えながら、お茶の話をはじめます。三月うさぎが言うには、と話しかけて、言っていない、と本人に否定される。
王が言います。その帽子を取れ。
わたしのものではありません、と帽子屋が答えます。
盗んだな、と王は言って、陪審員たちがそれを書きとめます。
売り物です、と帽子屋は言います。帽子屋なので、どれも売り物なのです。
それから王は、こう言います。証言をしろ。さもなければ、その場で処刑する。
帽子屋はうろたえて、バターつきパンのかわりに、茶碗のふちをかじってしまいます。
そのころ、アリスの体に、また変化が起きています。
大きくなりはじめているのです。
となりに座っていた眠りねずみが言います。ここで大きくならないでください。
そちらも大きくなっているでしょう、とアリスが言うと、眠りねずみはこう答えます。
わたしは、ほどよい速さで大きくなっているのです。そんなふうに、ばかげた大きくなり方はしません。
そして、むっとして向こう側へ行ってしまいます。
帽子屋は、下がってよし、と言われたとたん、法廷から走り出ていきました。
次の証人は、公爵夫人の料理女でした。
胡椒の箱を持って入ってきます。彼女が近づく前から、扉のあたりの者が一斉にくしゃみをはじめたので、アリスにはそれが誰だか分かりました。
タルトは何でできているか、と訊かれて、料理女は答えます。胡椒だよ、たいていはね。
そして、この証人も、あっという間に消えてしまいます。
次に呼ばれたのは、アリスでした。
自分の名前を呼ばれて、彼女は跳び上がります。すっかり大きくなっていたことを忘れていたので、スカートの裾が陪審席を引っかけて、十二匹全員が下の傍聴人の上にひっくり返ってしまいました。
アリスは、あわてて全員を拾い上げて、席に戻します。一匹だけ逆さまに入れてしまい、そのまま尻尾を振っているのを見て、それも直しました。
この件について、何を知っているか、と王が訊きます。
何も知りません、とアリスは答えます。
王は、陪審員のほうを向いて言います。それはたいへん重要である。
そして、それを書きとめようとする陪審員たちを見て、言い直します。重要でない、と言ったのだ。もちろん、重要でない、という意味だ。
陪審員のうち、何匹かは重要と書き、何匹かは重要でないと書きました。
そこで王が、手帳を開いて言います。
第四十二条。身の丈一マイルを超える者は、法廷から退去すべし。
全員がアリスのほうを見ます。
わたしは一マイルもありません、とアリスは言います。
ある、と王は言います。二マイル近くある、と王妃も言います。
それなら出ていきません、とアリスは答えます。それに、その規則は正式なものではありません。いま思いついたのでしょう。
この本のなかで、いちばん古い規則である、と王は言います。
それならば、と、アリスは言います。第一条になっているはずです。
王は青ざめて、手帳を閉じました。
そして、最後の証拠が出てきます。
一通の手紙です。中身は詩で、誰に宛てたものかも書かれておらず、署名もありません。
宛名がないなら、と王は言います。いよいよ悪い。署名しなかったということは、何か悪だくみがあったのだ。正直者なら、名前を書いたはずだ。
ジャックは、自分が書いたのではない、と言います。筆跡も違います。
王は答えます。誰かの筆跡を真似たのだろう。
読み上げられた詩は、意味のとおらないものでした。誰のことを言っているのかも、何が起きたのかも分かりません。それでも王は言います。
これまでで、いちばん重要な証拠である。
わたしには、この詩に意味のかけらも見あたりません、とアリスは言いました。
そして、この裁判のいちばん有名な一言が出ます。
王が、では陪審は評決を、と言いかけたところで、王妃がさえぎります。
ばかばかしい、とアリスは大きな声で言いました。判決が先だなんて。
黙れ、と王妃が言います。
いやです、とアリスは言いました。
首をはねよ、と王妃が叫びます。
誰も動きませんでした。
この法廷では、順序が逆になっています。
罪状は、みんなが知っているわらべ唄です。判決は、はじめから決まっています。証拠は、そのあとから運びこまれる。
だから、署名のない手紙が出てきても、無罪の材料にはなりません。署名がないことのほうが、罪の証拠になります。筆跡が違うと言えば、真似たことになる。
何を出しても、同じところへ着きます。
結論が先にあると、目の前のものは、証拠かどうかを問われません。その結論をどう支えるか、という形でだけ扱われます。
ずいぶん前に、鳩がアリスを蛇だと決めつけたことがありました。卵を食べるからだ、と。女の子も卵を食べる、と言い返したら、鳩は答えました。それなら、女の子というのも一種の蛇なのだろう。
あれと同じことが、いま、法廷でおこなわれています。
ちがうのは、規模です。あのときは、疲れた鳩が一羽でやっていました。ここでは、王と、王妃と、十二匹の陪審員と、証人たちが、まじめな顔で並んでやっています。
MEMO
古代エジプトの死者の裁判では、死んだ者の心臓を取り出して、天秤にかけました。反対側の皿に載っているのは、一枚の羽根です。心臓が羽根より重ければ、罰を受ける。
おそろしい裁きではありますが、そこには、秤がありました。
この法廷にあるのは、はじめから決まっている判決だけです。
そのあいだじゅう、アリスは大きくなりつづけています。
裁判がばかばかしくなるほど、彼女の背は伸びていく。
そして、身の丈を理由に出ていけと言われたとき、彼女ははじめて、はっきり断ります。出ていきません、と。それに、その規則はいま思いついたものでしょう、と。
この一日、彼女はずっと寸法に振りまわされてきました。小さすぎて鍵に届かず、大きすぎて扉を通れず、首が伸びて蛇と呼ばれ、三インチはみじめだと言って芋虫を怒らせました。
ここではじめて、大きいことが、彼女の側に立っています。
- 外側
- 偽りの秩序
- 内側
- 結論を決めてから、理由を集める
結論が先にあると、あとはすべて証拠になる