体が全部消えたあとも、笑いだけが空中に残っていた、という話です。
豚を森へ見送ったアリスが顔を上げると、木の枝の上に、さっきの猫が座っていました。台所の炉端で、耳から耳まで笑っていた、あの猫です。
爪も歯もずいぶん立派なので、アリスは丁寧に話しかけます。そして、この物語ではじめて、まともに道を尋ねます。
ALICE
「ここから、どちらへ行けばいいのか、教えていただけますか」
「それは、どこへ行きたいかによるね」と猫は言いました。
「どこでも、あまり気にしません」とアリスは言いました。
「だったら、どちらへ行こうと同じことだ」
「どこかには着きたいのですけれど」とアリスは言い足しました。
「ああ、それなら大丈夫」と猫は言いました。「じゅうぶん長く歩けば、かならずどこかには着く」
反論のしようがありません。
このあたりにはどんな人が住んでいるのか、とアリスが尋ねると、猫は前足で順に示します。あっちには帽子屋。そっちには三月うさぎ。
好きなほうを訪ねればいい。どちらも狂っているから。
狂った人たちのところへは行きたくありません、とアリスが言うと、猫は答えます。それは仕方がない。ここでは、みんな狂っている。わたしも狂っているし、あなたも狂っている。
どうして、わたしが狂っているとわかるのですか、とアリスは訊きます。
猫の答えは、こうです。狂っていなければ、こんなところへ来はしない。
そのあと、猫は自分が狂っていることを証明してみせます。
犬は狂っていない。それは認めるね、と猫は言います。アリスは、たぶんそうでしょう、と答えます。
では、と猫は続けます。犬は、怒ったときにうなり、嬉しいときに尻尾を振る。ところが、わたしは嬉しいときにうなり、怒ったときに尻尾を振る。だから、わたしは狂っている。
前の話で、鳩がアリスを蛇にしたときと、そっくり同じ組み立てです。ひとつの特徴を目印にして、そこから正体を決める。
ちがうのは、猫がその推論を、自分に向けて使っていることです。
そして、こう言われたアリスは、まっとうな返事をします。それはうなっているのではなくて、喉を鳴らしているのだと思います、と。
猫は少しも動じません。好きなように呼べばいい、と言うだけです。
ところで、と猫が尋ねます。あの赤ん坊はどうなった。
豚になりました、とアリスは答えます。
そうだろうと思った、と猫は言って、消えます。
そしてしばらくすると、また現れて、こう訊くのです。
豚と言ったかね、それとも、いちじくと。
豚です、とアリスは答えます。それから、あまり急に出たり消えたりしないでほしい、目がまわるから、と頼みます。
猫は聞き入れます。そして、ゆっくり消えはじめました。
尻尾の先から、少しずつ。
耳が消え、体が消え、足が消えて、最後に、笑いだけが枝の上に残りました。
ほかの部分がすっかり消えてしまってからも、笑いは、しばらくそこにありました。
ふつう、笑いは顔の上にあります。顔がなければ、笑いも消えるはずです。
ところがここでは、順番が逆になっています。器が先に消えて、そこに宿っていたものだけが残った。
カバラに、これによく似た考え方があります。
はじめに、すべてを満たしていた光がありました。その光がいったん退いて、空いた場所ができ、そこに世界が置かれた、という話です。
そのとき、光は跡形もなく消えたのではありません。退いたあとの場所に、うすい刻印だけが残ったとされています。何かがそこにあった、という痕跡だけが。
枝の上の笑いは、その絵として、これ以上ないほど正確です。
実体はもう、そこにいません。それでも、何かがあったということだけが、空中に残っている。
誰かがいなくなったあと、その人のいた場所の空気が、しばらく変わったままでいることがあります。
部屋の椅子の向きとか、よく使っていた湯呑みの位置とか、そういうものではなくて、もっと形のないものです。
本人はもういません。それでも、いたということだけが、まだそこにある。
アリスは、それを見て、生まれてはじめて見た、と言いました。
けれど、たぶん、私たちはわりとよく見ています。猫のいない笑いのほうが、この世にはたくさんあります。
笑いも消えたあと、アリスは歩きだします。
猫が前足で示したほうへ。三月うさぎの家です。
近づいてみると、煙突がうさぎの耳の形をしていて、屋根が毛皮で葺いてありました。
庭には卓が出ていて、お茶の支度がしてあります。
- 外側
- 光が退いたあとに残る刻印
- 内側
- かたちを失っても、残るもの
笑っていない猫なら、いくらでも見た