おまえは蛇だ

『不思議の国のアリス』を、夢の側から読んでいきます。ユング心理学と、神話と、カバラを少し。

卵を食べたことがあるか、と訊かれて、正直に答えたばかりに、蛇にされてしまった女の子の話です。

アリスは、きのこをかじりすぎて、首だけが長く伸びてしまったところでした。木々の梢の上に、細い首がにゅっと出ている。あたりを見まわしていると、いきなり何かが顔にぶつかってきます。

ALICE

「蛇!」と鳩は叫びました。

「わたしは蛇ではありません」とアリスは腹を立てて言いました。「あっちへ行ってください」

「蛇だと言っているんだ」と鳩はくりかえしました。それから、少し声を落として、すすり泣くように続けました。「あらゆる手を尽くしたのに、どれもだめだった」

「何のことか、さっぱりわかりません」とアリスは言いました。

「木の根もとも、土手も、生垣も試した」と鳩は、まるで聞いていません。「それなのに、あの蛇どもときたら。なんにも気に入らないらしい」

「卵をかえすだけでも大変なのに、昼も夜も蛇の見張りをしなければならない。この三週間、一睡もしていない」

「お困りなのは、よくわかりました」とアリスは、少しずつ話が飲みこめてきて言いました。

「それで、森でいちばん高い木を選んだのに」と鳩は金切り声になりました。「もう蛇はいないと思ったのに、空からくねくね降りてくる。この、蛇め!」

「ですから、わたしは蛇ではありません」とアリスは言いました。「わたしは──わたしは──」

「そうか。ならば、何なのだ」と鳩は言いました。「何かでっちあげようとしているな」

「わたしは、女の子です」とアリスは、いくらか自信なさそうに言いました。その日、あんまり何度も変わったことを思い出したからです。

「よく言うよ」と鳩は、ひどく軽蔑した調子で言いました。「女の子なら、これまでにたくさん見てきたが、そんな首をしたのは一人もいない。おまえは蛇だ。否定しても無駄だ。次は、卵を食べたことがないとでも言うつもりだろう」

「卵は食べたことがあります」とアリスは言いました。とても正直な子だったのです。「でも、女の子だって、蛇と同じくらい卵を食べますもの」

「そんなことはあるまい」と鳩は言いました。「だが、もしそうだとしたら──」

さて、鳩はこのあと、なんと言ったと思いますか。

アリスの言い分には、筋が通っています。女の子も卵を食べる。だから、卵を食べるからといって蛇だとはかぎらない。鳩の決めつけは、ここで崩れたはずです。

ところが、返事はこうでした。

“Well, then, I think a little girl is a kind of serpent, that’s all I can say.” 「それなら、女の子というのも、一種の蛇なんだろうさ。それだけのことだ」

負けを認めていません。

崩れたのは、決めつけのほうではありませんでした。女の子という言葉のほうが、作り替えられている。

証拠を出したのに、なぜか状況が悪くなっている。こういう会話に、覚えのある方もいるかもしれません。

決めつけというものは、事実にぶつかっても壊れないのだと思います。事実を飲みこんで、そのぶん太る。


それにしても、鳩の理屈は、どこで狂ったのでしょうか。

組み立てはこうです。蛇は卵を食べる。おまえは卵を食べる。だから、おまえは蛇である。

もっともらしく聞こえますが、卵を食べるものは、蛇のほかにもいます。鳩は、蛇の特徴のひとつを、蛇の目印にしてしまいました。

MEMO

作者は、オックスフォードで論理学を教えていた人です。まちがった推論の見本を、わざわざ鳩に喋らせています。


ただ、この鳩を、ただの愚か者として笑うのは惜しい気がします。

彼女は、卵を守っています。

木の根もとに巣を作り、土手に作り、生垣に作り、そのたびに蛇に見つかった。だから森でいちばん高い木を選びました。それでも、空から降りてくる。

三週間、眠っていない、と鳩は言います。

眠っていない者の目には、細長いものが、全部、蛇に見えます。見張りつづけた者ほど、見張っているものしか見えなくなる。

それに、アリスの首は、実際に木々の上を蛇のようにくねっていました。鳩は、見たものを見たままに言っています。まちがえたのは、そこから引き出した結論のほうです。

MEMO

北欧神話に、世界を貫いて立つ大きな木があります。てっぺんには鷲がとまり、根もとには蛇がいて、この二匹は、たがいを憎みあっているそうです。

木の上から鳥が襲いかかり、下から伸びてきた細長いものが、蛇と呼ばれる。

ちがうのは、その蛇が、女の子だったということだけです。


鳩が飛び去ったあと、アリスは、両手のきのこをかわるがわる少しずつかじって、やっと、もとの背丈に戻ります。

ずいぶん久しぶりの、ふつうの大きさでした。

そのまま森を歩いていくと、木立のあいだに、高さ四フィートほどの小さな家が見えてきます。

近づくと、なかから、ものすごい音がしていました。皿の割れる音と、赤ん坊の泣き声と、くしゃみです。

外側
名を、誤って与えられる
内側
他人の貼る像と、自分の輪郭

決めつけは、事実で崩れない。飲みこんで、太る

つぎの話