ALICE
そこは長い低い広間で、天井からずらりと吊りさげられたランプに照らされていました。
広間の壁ぎわには、扉がぐるりと並んでいます。アリスはひとつずつ試してみましたが、どれも鍵がかかっていました。ぐるりと一周して、広間の真ん中まで歩いてきたとき、彼女は、どうやって外へ出たらいいのだろう、と考えこみました。
そのうち、脚が三本のガラスの小さな卓が目にとまりました。上には、小さな金の鍵がひとつ載っているきりです。アリスは、これでどれかの扉が開くのだと思いましたが、鍵穴が大きすぎるのか、鍵が小さすぎるのか、どの扉も開きません。
けれども、もう一度まわってみると、さっきは気づかなかった低いカーテンがあり、その裏に、高さ十五インチほどの小さな扉がありました。金の鍵を鍵穴に差してみると、ぴったりです。
扉を開けると、その先は鼠の穴ほどの細い通路でした。膝をついてのぞきこむと、通路の向こうに、いままで見たこともないほど美しい庭が広がっています。
暗い広間を出て、あの明るい花壇と涼しい噴水のあいだを歩けたら、とアリスは思いました。けれども、扉の入口に頭さえ通りません。
「頭が通ったところで」と、かわいそうなアリスは思いました。「肩がついてこないのでは、たいして役に立たないわ」
そろっているのに、通れない
この場面で、足りないものは、ひとつもありません。
扉は見つかりました。鍵も見つかりました。しかも鍵は、その扉にぴったり合います。扉は開きます。向こうには、庭が見えています。
それでも、アリスは通れません。
閉ざされているのではない。隠されているのでもない。寸法が合わないだけです。
望みというものは、たいてい遠くにあると思われています。手が届かないから、まだ持っていないのだ、と。けれど実際に人がつまずくのは、もっと近いところであることが多い。見えていて、開いていて、それでも自分の身丈が合わない。
まわらないと、見えない扉
いちばん大事な扉は、一周目には見つかりません。
アリスは広間の扉をひとつずつ試して、全部だめで、真ん中に戻ってきます。そこでガラスの卓と鍵を見つけ、また試して、また全部だめで、それからもう一度まわる。
二度目にまわったとき、はじめて低いカーテンに気づきます。一度目には気づかなかったカーテンです。
探しものは、たいてい二周目に見つかります。一周目は、そこに何があるかを見ているのではなく、自分が何を探しているのかを確かめている。
そして見つかった扉は、高さ十五インチ。四十センチに足りません。いちばん低いところにあったということも、書き留めておきたいところです。
見えているのに入れない、ということ
ここは、宗教や神話がくりかえし描いてきた場面でもあります。
約束された土地が、山の上から見えている。けれどそこへは入れない。楽園の門は閉じられていて、外から見ることはできる。
カバラの生命の樹には、深淵と呼ばれる裂け目があります。下の段から上の段へ、そのまま歩いて渡ることができない場所。上の光は見えているのに、いまの姿のままでは通れない。渡るには、自分のかたちのほうが変わらなければならない。
ここでも同じことが起きています。庭が遠ざかったのではありません。アリスの寸法のほうが、問われている。
そして彼女は、このあと本当に、伸びたり縮んだりしはじめます。
頭だけ通っても
アリスの独り言が、この場面のいちばん深いところだと思います。
わかっただけでは、行けない。理解したところと、体が入れるところは、別なのです。
頭のほうが先に、ずっと先に、行ってしまうことがあります。何が起きているかも、どうすればいいかも、もうわかっている。それでも肩から下が、まだ広間に残っている。
アリスはそれを、扉の前で膝をついたまま、正確に言い当てています。
ガラスの卓
鍵が載っていた卓は、脚が三本の、ガラスでできた卓でした。
透きとおっている。中も、下も、見える。隠しごとのできない台の上に、たったひとつだけ、金の鍵が置いてある。
この卓は、このあと二度、三度と出てきます。アリスが縮んだときには手が届かなくなり、鍵はガラス越しに見えたまま、上に取り残される。
見えるのに届かない、という同じ形が、扉でも、鍵でも、庭でも、くりかえされます。
この物語で本当に難しいのは、探すことではなく、寸法を合わせることだと、ここまでで告げられています。
そして卓の上に、さっきまでなかったはずの小瓶が置かれています。
首に結ばれた紙には、二つの言葉。
つぎの話は、この小瓶からです。
- 外側
- 見えているのに、入れない
- 内側
- 望みが、先に姿を見せる
扉が開いても、そのままの姿では通れない