扉と、鍵と、見えている庭

『不思議の国のアリス』を、夢の側から読んでいきます。ユング心理学と、神話と、カバラを少し。

カーテンの裏の小さな扉(ジョン・テニエル)
John Tenniel, 1865

ALICE

そこは長い低い広間で、天井からずらりと吊りさげられたランプに照らされていました。

広間の壁ぎわには、扉がぐるりと並んでいます。アリスはひとつずつ試してみましたが、どれも鍵がかかっていました。ぐるりと一周して、広間の真ん中まで歩いてきたとき、彼女は、どうやって外へ出たらいいのだろう、と考えこみました。

そのうち、脚が三本のガラスの小さな卓が目にとまりました。上には、小さな金の鍵がひとつ載っているきりです。アリスは、これでどれかの扉が開くのだと思いましたが、鍵穴が大きすぎるのか、鍵が小さすぎるのか、どの扉も開きません。

けれども、もう一度まわってみると、さっきは気づかなかった低いカーテンがあり、その裏に、高さ十五インチほどの小さな扉がありました。金の鍵を鍵穴に差してみると、ぴったりです。

扉を開けると、その先は鼠の穴ほどの細い通路でした。膝をついてのぞきこむと、通路の向こうに、いままで見たこともないほど美しい庭が広がっています。

暗い広間を出て、あの明るい花壇と涼しい噴水のあいだを歩けたら、とアリスは思いました。けれども、扉の入口に頭さえ通りません。

「頭が通ったところで」と、かわいそうなアリスは思いました。「肩がついてこないのでは、たいして役に立たないわ」

そろっているのに、通れない

この場面で、足りないものは、ひとつもありません。

扉は見つかりました。鍵も見つかりました。しかも鍵は、その扉にぴったり合います。扉は開きます。向こうには、庭が見えています。

それでも、アリスは通れません。

閉ざされているのではない。隠されているのでもない。寸法が合わないだけです。

望みというものは、たいてい遠くにあると思われています。手が届かないから、まだ持っていないのだ、と。けれど実際に人がつまずくのは、もっと近いところであることが多い。見えていて、開いていて、それでも自分の身丈が合わない。


まわらないと、見えない扉

いちばん大事な扉は、一周目には見つかりません。

アリスは広間の扉をひとつずつ試して、全部だめで、真ん中に戻ってきます。そこでガラスの卓と鍵を見つけ、また試して、また全部だめで、それからもう一度まわる。

二度目にまわったとき、はじめて低いカーテンに気づきます。一度目には気づかなかったカーテンです。

探しものは、たいてい二周目に見つかります。一周目は、そこに何があるかを見ているのではなく、自分が何を探しているのかを確かめている。

そして見つかった扉は、高さ十五インチ。四十センチに足りません。いちばん低いところにあったということも、書き留めておきたいところです。


見えているのに入れない、ということ

ここは、宗教や神話がくりかえし描いてきた場面でもあります。

約束された土地が、山の上から見えている。けれどそこへは入れない。楽園の門は閉じられていて、外から見ることはできる。

カバラの生命の樹には、深淵と呼ばれる裂け目があります。下の段から上の段へ、そのまま歩いて渡ることができない場所。上の光は見えているのに、いまの姿のままでは通れない。渡るには、自分のかたちのほうが変わらなければならない。

ここでも同じことが起きています。庭が遠ざかったのではありません。アリスの寸法のほうが、問われている。

そして彼女は、このあと本当に、伸びたり縮んだりしはじめます。


頭だけ通っても

アリスの独り言が、この場面のいちばん深いところだと思います。

and even if my head would go through, it would be of very little use without my shoulders. 頭が通ったところで、肩がついてこないのでは、たいして役に立たない。

わかっただけでは、行けない。理解したところと、体が入れるところは、別なのです。

頭のほうが先に、ずっと先に、行ってしまうことがあります。何が起きているかも、どうすればいいかも、もうわかっている。それでも肩から下が、まだ広間に残っている。

アリスはそれを、扉の前で膝をついたまま、正確に言い当てています。


ガラスの卓

鍵が載っていた卓は、脚が三本の、ガラスでできた卓でした。

透きとおっている。中も、下も、見える。隠しごとのできない台の上に、たったひとつだけ、金の鍵が置いてある。

この卓は、このあと二度、三度と出てきます。アリスが縮んだときには手が届かなくなり、鍵はガラス越しに見えたまま、上に取り残される。

見えるのに届かない、という同じ形が、扉でも、鍵でも、庭でも、くりかえされます。

この物語で本当に難しいのは、探すことではなく、寸法を合わせることだと、ここまでで告げられています。

DRINK ME の小瓶(ジョン・テニエル)
John Tenniel, 1865

そして卓の上に、さっきまでなかったはずの小瓶が置かれています。

首に結ばれた紙には、二つの言葉。

DRINK ME わたしを飲んで。

つぎの話は、この小瓶からです。

外側
見えているのに、入れない
内側
望みが、先に姿を見せる

扉が開いても、そのままの姿では通れない

つぎの話