ALICE
兎の穴は、しばらくトンネルのようにまっすぐ続いていて、それから急に下へ落ちこんでいました。あまりに急だったので、アリスは止まろうと考えるひまもなく、深い井戸のようなところを落ちはじめていました。
井戸がとても深かったのか、それとも落ちかたがとてもゆっくりだったのか、どちらにしても、落ちながらまわりを見まわして、これからどうなるのだろうと考える時間がたっぷりありました。
まず下を見ましたが、暗すぎて何も見えません。それから井戸の壁を見ると、そこには戸棚や本棚が並んでいて、あちこちに地図や絵が釘で留めてありました。
通りすがりに、棚のひとつから壺をひとつ取ってみました。ラベルには「オレンジマーマレード」とありましたが、なかは空っぽでした。アリスは、落としたら下の誰かに当たるかもしれないと思って、落ちていく途中で、うまく戸棚のひとつに置きました。
落ちながら、アリスは考えます。もう四千マイルは落ちたはずだわ。緯度は、経度は──と口にしてみましたが、その言葉の意味はわかっていません。ただ、口にすると立派に響くと思ったのです。
このまま地球を突き抜けたら、みんなが逆さに歩いている国に出るのかしら、とも考えました。えっと、たしか、たいせきち。
そのうち眠くなってきて、こんなふうに寝言のような言葉が出はじめました。猫はコウモリを食べるかしら、猫はコウモリを食べるかしら──それがときどき、コウモリは猫を食べるかしら、に変わってしまうのです。
そのとき、どすん、どすん、と音がして、アリスは小枝と枯れ葉の山の上に降り立ちました。落下は、終わっていました。
誰も、この場面を描かなかった
この記事に、絵はありません。
テニエルは『不思議の国のアリス』のために四十二枚の挿絵を彫りました。キャロル自身も、手書きの原稿に三十七枚の素描を描いています。
けれど、どちらにも、落ちていくアリスは一枚もありません。
兎は描かれ、涙の池も、伸びた首も、狂ったお茶会も描かれたのに、この長い落下だけ、二人とも通りすぎている。
描けなかったのだと思います。落ちているあいだ、そこには背景がありません。上も下もわからず、彼女は何かの前に立ってもいない。絵にするには、人は何かの上に立っていなければならない。
ゆっくり落ちる
この落下の、いちばん奇妙なところは、速さです。
アリスは突き落とされたのではありません。自分から飛び込んで、そして、ゆっくり降りていきます。まわりを見まわし、考えごとをし、壺を手に取り、しまいには眠くなるほどの時間がある。
ふつう、落下は事故です。一瞬で、抗えず、痛い。けれどこの物語の落下には、そのどれもありません。
神話のなかで、人が地下へ降りる話はいくつもあります。誰かを取り戻すため、知恵を得るため、死んで生き返るため。降りることは、罰ではなく、道でした。
カバラの図でも、光は一段ずつ降りてきます。いちばん上から下まで、いくつもの段を通って、少しずつ薄まりながら。一息には降りないということが、あの図の要点のひとつです。
急に落ちるものは、壊れます。ゆっくり降りるものだけが、届く。
壁に並んだ、戸棚と本棚
そして、この井戸の壁がふるっています。
戸棚があり、本棚があり、地図と絵が釘で留めてある。台所と居間を、そのまま縦に立てたような壁です。
知らない場所へ落ちているはずなのに、通りすぎていくのは、見慣れたものばかり。
夢がそうです。まったく知らない世界に行ったつもりで、目が覚めてから思い出してみると、出てきたのは自分の家の茶碗や、昔の学校の廊下や、去年会った人の顔だったりする。
下へ向かう道は、いつも、自分がすでに持っているもので出来ています。
空のマーマレードの壺
棚から取った壺には、ラベルが貼ってあります。オレンジマーマレード。
中身は、空です。
名前があって、かたちがあって、なかに何も入っていないもの。落ちていく途中で最初に手にするのが、それだというのは、なかなかのことだと思います。
そして、ここからがアリスです。彼女は空の壺を放りません。落としたら下にいる誰かに当たるかもしれない、と考えて、落下しながら、通りすがりの戸棚にきちんと置く。
井戸の底に向かって落ちながら、まだ礼儀を守っている。
笑うところでもあり、少し胸を突かれるところでもあります。人はたぶん、自分が崩れていくときほど、身についた作法にしがみつく。それが最後まで残るからです。
喋りつづける
落ちているあいだ、アリスはずっと喋っています。
何マイル落ちたかを計算し、緯度と経度という言葉を口にして──意味はわかっていません、ただ立派な響きだと思っている──それから、留守番している猫のダイナのことを心配する。
これは、恐怖を抑えるやり方です。わけのわからないものの中に落ちながら、わかる言葉で自分を包んでいる。数と、名前と、いつもの猫。
ところで、これを書いたのは数学者です
MEMO
作者のルイス・キャロルというのは筆名です。本業はオックスフォードで数学を教える人で、論理学の教科書も書いています。
そう思って落下の場面を読み直すと、書き手の手つきが見えてきます。
落ちた距離を計算し、緯度と経度という言葉を口にする。その意味は、彼女にはわかっていません。ただ、口にすると立派に響く言葉だと思っていた。
学者が、専門用語というものについて書いた一文です。
そして、地球を突き抜けた先にある国。地球の裏側。英語では Antipodes といいます。
ところが、アリスの口から出るのは。
Antipathies。反感、嫌悪。
しかもアリス自身、正しい言葉なのか自信がないので、誰にも聞こえていなくてよかった、と続けます。
知らない言葉で自分を落ち着かせようとして、その言葉を間違える。
そのうち、言葉がゆるみはじめます。
猫はコウモリを食べるかしら。猫はコウモリを食べるかしら。──それが、コウモリは猫を食べるかしら、に変わってしまう。
眠りに落ちるとき、人の言葉はこういうふうに崩れます。順序が入れかわり、主語と目的語がすべる。ここで意識の見張りが降りたということが、これだけで伝わってきます。
キャロルは、このあとも同じ遊びを何十回も仕掛けます。tale と tail。not と knot。lesson と lessen。
音がすべると、意味がすべる。そして、すべった先に、別の世界がひらく。
食べる側と食べられる側が入れかわる、というのは──この作者があとで書くもう一冊の本の、まるごと主題でもあります。
枯れ葉の山
着地は、あっけないほど静かです。
小枝と枯れ葉の山。どすん、どすん、と音がして、それで終わり。アリスはどこも痛めていません。
あれほど深く落ちたのに、待っていたのは、去年の葉が積もった、やわらかい山でした。
枯れ葉は、落ちてきたものの集まりです。木から離れて、地面に降りて、朽ちながら、次に降りてくるものを受けとめる。
底には、先に落ちたものたちが積もっていて、あとから来た者を、そっと受けとめる。
深いところへ連れていかれた、と思ったとき、私はまだ喋っていました。
これは何の香りだろう、いま何が起きているのだろうと、ずっと言葉にしようとしていた。そのうち、言葉のほうが先に、輪郭を失いました。
底に何があったのかは、あとの章で書きます。
底に着くまでのあいだに、人はもう、入れ替わっている
- 外側
- 段階的な下降、空の壺
- 内側
- 意識の底へ落ちること