梅雨がそろそろ終わりを告げるころ、
店先に赤いさくらんぼが
つややかに並ぶ。
雨の季節を忘れさせるような
小さな実の輝きを眺めていると、
胸がきゅっと締めつけられるような
甘酸っぱい記憶がよみがえる。
中学生の頃、
初めて友だちと訪れ、
そのあと何度も通った
あんみつ屋さん。
柔らかな寒天と甘い黒蜜の上に、
ちょこんと乗った赤いさくらんぼは、
特別な午後のささやかな喜びだった。
初めてのデートで注文したクリームソーダの
透きとおった緑色のソーダと
白いアイスクリームの上にも、
さくらんぼが赤く輝いていたっけ。
そういえば、ある詩人の詩のなかで
さくらんぼを「ふたつ寄り添った小さな赤い星」
と表現していた。
その詩を読むと、なぜか思春期の自分と重なり、
ひそかに気に入っている。
学校を卒業して長いこと、
私はさくらんぼが少し苦手になっていた。
可愛すぎる見た目や、その甘酸っぱさが、
いつの間にか自分の口に合わなくなっていたのかもしれない。
けれど、そんな私がふたたび
さくらんぼを手にすることになったのは、
梅雨が終わりに近づいた、ある日の午後だった。
幼稚園に通っていた娘のお友だちが
引っ越すことになり、
挨拶に訪れた。
その男の子は、娘とはほとんど遊んだことがないのに、
小さな両手で霧箱に入ったさくらんぼを
大切そうに抱えている。
「どうしても息子が
贈りたいというものですから……。」
一緒にいらしたお母さまは、
少し照れくさそうに、
でもどこか嬉しそうに隣でほほ笑んでいる。
男の子の精一杯の気持ちと一緒に、
娘はその立派な箱に入った赤い実を
静かに受け取った。
娘はまだ何も知らないまま、
嬉しそうに笑っていたけれど、
いつかふとした瞬間に、
あの日の赤い実の記憶がよみがえる日が
来るのかもしれない。
そんな娘は最近、
偶然見つけたさくらんぼ柄のギターに惹かれて、
ギターを習い始めている。
さくらんぼという小さな実は
やっぱりちょっぴり酸っぱくて、
胸がきゅっと締めつけられるような
不思議な気持ちを思い出させる。
今夜はそんな小さな記憶を
ひとつずつ大切に取り出しながら、
静かに目を閉じて眠りにつこうと思う。
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