早朝だというのに、
猫の朝ご飯を済ませ、家中を掃除しただけで、
少し汗ばんでしまう。
連日続く猛暑のせいか、
日が昇りきる前からじわじわと暑さが押し寄せてくるようだ。
チリン、チリン――。
耳に届く風鈴の涼やかな響きが、
忙しなく働く私の手を止め、
「少し休んでもいいよ」と語りかけてくれる。
風が優しく通り過ぎるたび、
澄んだ音色が静かに空気をふるわせる。
我が家に毎年飾っている風鈴は、
もう10年物のガラス風鈴だ。
子供たちが夏休みの宿題として、
すぐ近くの島にあるガラス美術館で作ったものである。
出来栄えは色といい形といい申し分なく、
とりわけその素朴な響きが気に入っている。
風鈴の音色を聞いていると、
透明な水の雫が一滴ずつ心に落ちてゆくような気がする。
耳から入り、身体をゆっくりと通り抜け、
暑さで疲れた心を静かに潤してくれる。
目を閉じて音を聴いているだけで、
夏の熱さや小さな迷いまでもが、
穏やかに浄化されていくようだ。
日本では古くから風鈴を軒先に吊るし、
暑い夏に涼を呼び込んできた。
人々はその音色に耳を澄ませ、
目には見えない風の姿を心に映してきたのだろう。
風鈴は風を音に変える。
風という姿なきものを、
目に見えるように、耳で感じられるように。
ある夏の日、旅先の古い神社で、
美しい風鈴の音に出会った。
小さな金属製の風鈴は、
微かな風にも高く澄んだ音を奏でていた。
その涼やかな響きに思わず立ち止まり、
静かに耳を澄ませていると、
神社の宮司さんがそっと優しい声で教えてくれた。
「風鈴の音には、魔除けや厄除けの力があります。
夏の暑さだけでなく、心の熱さや迷いを払い、
穏やかに鎮めてくれるのですよ」
魔除けの力――。
確かにその風鈴の響きには、
不安や焦りを静かに流してくれるような力があるように感じられた。
音といえば、まだ独身だった頃に、
チベットの鐘を鳴らして浄化をするヒーラーさんと出会った。
私はただ椅子だけが置いてある部屋に座り、
その人は私の周りで、
鐘を何度か鳴らした。
その鐘の響きは、
風鈴のそれとは違い、どこまでも高く澄み、
空間の隅々まで透明に広がり続けた。
鐘の音が微細な響きとなって、
消えるまで耳で追いかけていると、
いつのまにか、
心は静かな瞑想へと導かれてゆくようだった。
そのときは、椅子だけが置かれた静かな空間と、
初めて聞く鐘の響き、
そしてヒーラーさんの不思議な存在感に圧倒されて、
音の意味よりも、その場の不思議な印象ばかりが記憶に残っていた。
けれど、風鈴の音を聞きながら、
宮司さんの言葉を聞いたそのとき、
「音には魔よけの力がある」――
その言葉がすとんと腑に落ちた。
それ以来、暑い夏の午後が訪れるたび、
いままで以上に耳を澄ませ、
風鈴の音色に心をとめるようになったと思う。
チリン、チリン――。
透明な響きが今日も静かに、
心の中をそっと通り抜けていく。
風が吹くたび、
暑さに揺れる心が鎮まり、
穏やかな癒しと清らかな力が、
胸の奥の迷いを消してゆく。
この夏、あなたが出会う風鈴は、どんな音がするでしょう。
その音色が耳に届くたび、
夏の暑さや小さな疲れを優しく癒し、
あなたにやさしい魔法をかけて、
静かな奇跡を届けてくれますように。
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